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佐賀地方裁判所 昭和30年(ワ)272号 判決

原告 永田長円 外一名

被告 池田秀生

主文

被告は原告等に対し金二万三千四百四十六円及びこれに対する昭和三十年十月十九日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払わねばならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は原告等において金八千円の担保を供するときは、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

原告等は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として陳述した要領は次のとおりである。

(一)  訴外帝国建設株式会社(旧商号渡辺新興株式会社)は武雄市に本店を有し、月賦償還住宅建築を営業の主たる目的とし運営していたものなるところ、昭和二十八年六月九州地方の大水害後営業頓に振わず、剰え多数債権者の強硬なる支払請求に遭い、遂に同年十月支払を停止するに至つたが、昭和二十九年七月二十八日破産の申立があり、同年九月三十日午前九時佐賀地方裁判所に於て破産宣告を受け、原告等は同日破産管財人に選任せられたものである。

(二)  訴外樋口秀次は曩に訴外会社に住宅の建築をなさしめ、これが工事契約金二十四万八千八百九十九円の支払債務を負担していた。

(三)  被告は訴外会社に対し佐賀地方裁判所昭和二十八年(ワ)第四二〇号申込金返還請求事件の執行力ある判決正本に基く金二万三千四百四十六円の債権を有していたので、同訴外会社の右樋口に対する債権中金二万三千四百四十六円につき、同裁判所に債権差押並び転付命令を申請し(同庁昭和二十九年(ル)第九〇号)、昭和二十九年五月二十五日同裁判所より右債権差押並び転付命令を受け、その頃右会社や右樋口に送達せられたので、右転付の目的である工事契約金中金二万三千四百四十六円の債権は被告に移転せられたのであるが、被告は尚進んで同年八月二十六日右樋口より該債権を取立てた。

(四)  しかしながら、被告が右転付命令により工事契約金債権の移転を受け、尚右樋口よりこれを取立てたことは畢竟支払停止後に於て右破産会社の財産を以て自己の債権の弁済を受けたことになり、一般債権者の平等弁済を害する虞れを生ぜしめた行為で、破産法第七十二条第二号に所謂支払停止後になした債務消滅に関する行為に該当するものである。のみならず被告は当時右支払の停止があつたことを知つていたから、原告等は右法条に基き茲に前示弁済の効果を否認する。

よつて原告等は被告に対し右金二万三千四百四十六円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和三十年十月十九日より完済に至る迄年五分の割合による利息の支払を求めるため本訴請求に及んだと、このように述べ、尚被告の(三)の主張に対し被告が未成年者であることは認めるが、その余の事実は否認すると述べた。

立証として甲第一号証乃至第三十五号証(甲第八、十、十一、三十四号証は各一、二甲第九、二十八、三十号証は各一乃至三、甲三十二号証は一乃至四)を提出し、証人樋口秀次の尋問を求めた。

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告等主張事実中

(一)  請求原因(一)の事実中訴外会社の支払停止の点を除きその余の事実は認める。

(二)  請求原因(二)の事実は認める。

(三)  請求原因(三)の事実中佐賀地方裁判所昭和二十八年(ワ)第四二〇号申込金返還事件において被告が形式上原告となり、訴外会社を被告として、同会社に対し金二万三千四百四十六円の債権を有する旨の勝訴の確定判決が存在すること、被告名義を以つて該執行力ある判決正本に基いて同訴外会社の右樋口に対する債権中金二万三千四百四十六円につき、同裁判所に債権差押並び転付命令の申請(同庁昭和二十九年(ル)第九〇号)がなされ、昭和二十九年五月二十五日附の右債権差押並び転付命令が存すること、該命令がその頃右会社や右樋口に送達せられていることはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。しかしそれは訴外井本アキが未成年者である被告名義を冒用して無断にて訴訟代理人を選任した上、佐賀地方裁判所に訴を提起して勝訴の右判決を受け、更に被告名義を冒用して執行力ある同判決正本に基き右債権差押並び転付命令を申請して該命令を受けたものであるから本件債権転付命令が被冒用者である被告に効力を及ぼすいわれがない。

(四)  請求原因(四)の事実は否認する。

よつて原告等の本訴請求は理由がないと述べた。

立証として証人井本アキ、分離前の相被告北村ミツエ、同北村勇六の各尋問を求め被告法定代理人池田次六の本人尋問の結果を援用し、甲第二十四、二十五、二十七号証の成立を否認し、甲第五、六号証、甲第十二号証乃至第十五号証中各公証部分のみの成立及び甲第二十八号証の一の受附印のみの成立を認め、その余の甲号各証につき成立を認め、尚甲三十四号証の二を利益に援用した。

理由

(一)  請求原因(一)の事実中訴外会社の支払停止の点を除くその余の事実、請求原因(二)の事実はいずれも当事者間に争がない。

(二)  請求原因(三)の事実中佐賀地方裁判所昭和二十八年(ワ)第四二〇号申込金返還請求事件において被告が原告となり、訴外会社を被告として、同会社に対し金二万三千四百四十六円の債権を有する旨の勝訴の確定判決が存在すること、被告名義を以つて該執行力ある判決正本に基いて同訴外会社の右樋口に対する債権中金二万三千四百四十六円につぎ同裁判所に債権差押並び転付命令の申請(同庁昭和二十九年(ル)第九〇号)がなされ、昭和二十九年五月二十五日附の右債権差押並び転付命令が存すること、該命令がその頃右会社や右樋口に送達せられていること、被告が未成年者であることはいずれも当事者間に争がない。しかして証人井本アキの証言、被告法定代理人池田次六本人尋問の結果によれば訴外井本アキが未成年者である被告名義を冒用して無断にて訴訟代理人を選任した上、佐賀地方裁判所に訴を提起して勝訴の右判決を受け、更に被告名義を冒用して執行力ある同判決正本に基き右債権差押並び転付命令を申請して、該命令を受けたものであることを各肯認することができる。右認定を覆すに足る証左がない。

(三)  氏名冒用の訴訟又は強制執行手続において、当事者をいかにして確定すべきかについては学説裁判例の岐れるところで帰一するところがない。しかし当裁判所は所謂表示説に従い、訴訟においては訴状の全趣旨により、強制執行手続にあつては執行力ある判決正本の記載によつてこれを確定すべきものと解する。したがつて訴訟代理人を選任してこの者に訴を提起せしめた場合と雖も同様にして、訴状委任状の表示が基準となり、現実に選任行為をした者が何人であるかは敢えて問うところでないといわねばならない。

(四)  かような見地に立ち本件を考えるに成立に争ない甲第三十四号証の一、二、甲第三十五号証によれば佐賀地方裁判所昭和二十八年(ワ)第四二〇号申込金返還請求事件の訴状、委任状において原告として被告が表示せられてあり、佐賀地方裁判所昭和二十九年(ル)第九〇号債権差押並び転付命令申請事件の執行力ある判決正本においても前同様被告が債権者として表示せられているから、右両事件における原告又は債権者は被告自身であるというべく、該事件の判決及び転付命令の効力は冒用者である訴外井本アキに及ぶものでなく、被冒用者である被告に対してその効力を有するものと解すべきである。尤も右両事件における原告又は債権者は被告自身であるとすれば、被告は未成年者であるから、訴訟委任行為自体又は債権差押並び転付命令の申請自体が被告の法定代理人により代理せられていないから(本件においては追認の事実を認めるに足る証左がない。)訴訟無能力者の行為として無効でないか、したがつて判決又は転付命令も無効でないかとの疑いを挿しはさむ者があるかも知れないから、一言附加する。思うに判決手続において裁判所が当事者の訴訟能力の欠缺に気付かずして判決をなし、これが確定するに至つた場合(右訴訟事件においては訴訟代理人が判決の送達を受けていることは成立に争ない甲第二十八号証の三に徴し明らかであるところ、かかる場合適法な送達は存在しないから不変期間は未だ進行せず該判決は尚未確定の状態にあると解する考え方もあるが、これに賛成しない。)は該判決は瑕疵ある判決であるとはいえ、民事訴訟法第四百二十条第一項第三号を理由とする再審の判決を以つて取消されない限り、有効な判決といわねばならぬ。次に債権差押並び転付命令申請事件において裁判所が債権者の訴訟能力の欠缺に気付かずして該命令を発布し、債務者第三債務者に送達せられた場合は既に執行手続が終了しているので、これについては執行手続上不服申立の道が既にとざされている訳である。されば被告において当該転付命令に基く実体的効果の無効をも主張していない本件においては本件債権差押並び転付命令は訴訟上、実体上有効と解せざるを得ない。したがつて右債権転付命令により同訴外会社の右樋口に対する工事契約金債権中金二万三千四百四十六円の債権は被告に有効に移転せられ且つ被告の執行債権金二万三千四百四十六円はこの範囲に於て同訴外会社より弁済を受けたものと看做されることは民事訴訟法第六百一条の解釈上明らかである。

(五)  各成立に争ない甲第二号証乃至第四号証、甲第七号証、甲第八、十、十一号証の各一、二、甲第九号証の一乃至三、甲第十六、十七号証、甲第十九号証乃至第二十二号証、甲第三十一、三十三号証、甲第三十二号証の一乃至四、各公証部分につき成立に争ないから全部真正に成立したと認むべき甲第五、六号証、甲第十二号証乃至第十五号証及び弁論の全趣旨によれば同訴外会社は月賦償還住宅建築請負を営業の主目的とし(この点当事者間争がない)多数の契約加入者を有していたが、その契約内容は必ずしも住宅建築を目的とせず、各加入者から契約申込金を徴し、一定期間経過後は加入者の申立により所定の配当金を附してこれを返還することを約したもので、かの保全経済会を初め当時全国的に流行した利殖投資会社と類似の業態であつたこと、しかして昭和二十八年六月九州地方大水害の影響を受けて新規加入者が減少して、益々資力欠乏しているところに保全経済会その他類似会社の支払停止が新聞紙等で大きく報導されたため、多数契約加入者が動揺して契約申込金の強硬なる返還を求めたので、ついに同年十月より各債権者に対し虚を構えて殆んど全面的に支払を拒否したこと、そのため契約加入者等の中には各地区毎に債権者大会を開いて対策を協議する者もあり、同年十二月頃佐賀新聞、西日本新聞等に同訴外会社の事業経営の実態が報導されるや、これに対する世人の関心も高まり、契約加入者等は競つて同訴外会社に対し契約申込金返還請求の訴訟や支払命令を申請し、その数、実に数百件に及び、ついに同訴外会社は昭和二十九年一月八日会社更生法による更生手続開始の申立をなしたが、右申立は更生の見込なしとして棄却せられたこと、続いて右破産申立及び破産宣告を見るに至つたこと(この点当事者間争がない)を認めることができる。右認定事実によれば同訴外会社が支払停止したのは昭和二十八年十月であることを認めることができる。被告の立証を似つてするも右認定を覆すに足りない。次に右転付命令申請当時支払停止を了知していたかどうかにつき考えるに、前述の債権差押並び転付命令申請事件につき氏名冒用があつた場合、冒用者につきこれを定めるべきか、被冒用者につき定めるかこれ又、疑なきを得ない、訴外井本は被告の氏名を冒用していたので、純理上は被冒用者たる被告の代理人とは解することができないことは当然である。しかし冒用者たる訴外井本の申請に基き本件転付命令が発せられた以上、仮令法定代理人の追認がなくても、被冒用者たる被告が当事者としてその効力を当然に甘受しなければならないこと前述のとおりと解するならば、結局知情の点については訴外井本を有権代理人と同様に取扱うを法の精神と考えざるを得ない。したがつてかかる場合は民法第百一条の趣旨に準じ、支払停止の知情の点は訴外井本につきこれを定めるを相当とする。かようの見地に立ちこれを吟味するに、前顕証拠によれば訴外井本が右債権転付命令申請当時右支払停止の事実を知つていたことを認定することができる。証人井本アキの証言を以つてしても右認定を覆すに足りない。他に右認定を左右するに足る証左がない。

(六)  前述のように被告が右転付命令により工事契約金債権の移転を受けたことは畢竟支払停止後において訴外会社の財産を以つて自己の債権の弁済を受けたことになり、一般債権者の平等弁済を害する行為で、破産法第七十二条第二号に所謂支払停止後になして債務消滅に関する行為に該当するということができる。しかして冒用者である訴外井本において当時右支払停止があつたことを了知していた以上原告等は右法条に基き転付命令による前示弁済の効果を否認し得べきところ、原告等が本訴を以つてこれを否認する旨意思表示したことは明らかであるから、被告において特段の主張立証をなさない限り、被告は右弁済の効果が発生したことにより得た利益即ち金二万三千四百四十六円とこれに対する訴状達の翌日であること本件記録上明らかな昭和三十年十月十九日より完済に至る迄年五分の割合による利息の支払義務があることは勿論である。

よつて原告等の本訴請求は全部正当としてこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 富川盛介)

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